6.01.2011

中川恵一
イラスト 寄藤文平


前回(第5回)までは、放射線についての「基本用語」を紹介してきました。今回からは応用的な話題に入ります。放射線が私たちの体に及ぼす影響と、その対処の仕方。放射線を「正しく怖がる」ための処方箋です。書籍版も好評販売中です。

11. 放射線は身の回りにあります。

放射線は、今回、福島原発の事故で急に注目されることになりました。もともと目に見えず無味無臭なので、知らなかったという方も多いかもしれませんが、実は、福島原発の事故とは無関係に、私たちはだれでも毎日「被ばく」しています。

宇宙線(これこそ放射線です)は、地球誕生以来現在まで、いつも地球に降り注いでいます。放射性物質は地球の大気にも食物にも鉱物(ウランやトリウム)にも含まれているし、私たち人間の体にもかなりの量の放射性物質が含まれているのです。これら自然環境からの放射線による被ばくを「自然被ばく」と言います。

日本の自然放射線は、他の地域と比べると多くありません。世界平均が年間2.4ミリシーベルト、日本の平均は年間約1.5ミリシーベルトです。ただし、地域差があります。平均して西日本は東日本の1.5倍。放射性物質を多く含む花崗かこう岩が多いからです。関東平野では、火山灰地(関東ローム層)で大地からの放射線が〝遮蔽〞される点もあります。
富士山の山頂では大気(=自然の防護膜)が薄くなるため、宇宙からの放射線の量は平地の5倍もあります。さらに宇宙空間では、はるかに多くの放射線が飛び交っています。宇宙空間では、1日に約1ミリシーベルトの被ばくをします。日本の年間自然被ばくの3分の2を1日に受ける計算になります。宇宙飛行士が半年くらいで地上に帰還するのは、放射線量が限度を超えて、健康被害が問題になるからです。(半年で、約180ミリシーベルトとなり、福島第一原発の作業者の最大被ばく並。)

ちなみに、南インドのケララ州では、年間の自然放射線量(屋外)が、平均4ミリシーベルト、高いところでは70ミリシーベルト(!)を超えます。これは、トリウムを含む鉱石の〝モナザイト〞が多いからです。しかし、鹿児島大学などによる疫学調査の結果でも、この地域でとくにがんが増えてはいません(Health Phys. 2009 Jan;96(1):55–66)

食べ物や飲み物を通して体内に取り込んでしまう放射性物質──「内部被ばく」と言います──も見逃せません。たとえばカリウムは人間に必須の栄養素で、体重60キログラムの人の体には常時200グラムが存在していますが、その中にはわずかに天然の放射性カリウムが含まれているのです(0.012%)。

そのため、成人男性の体内には約4000ベクレルの放射性カリウムが常時存在しています。被ばく量に換算すると、1年で、食物から0.29ミリシーベルトの〝内部被ばく〞を受けていることになります。

12. 放射線は、ありなし(黒白)ではなく、強さと量が問題です。

放射線は「あるか/ないか」ではなく、その強さ(勢い)と量(積算量)が問題です。

風呂にお湯をためることにたとえると、蛇口からバスタブに注ぎ込むお湯の勢いが「毎時○シーベルト(Sv/h)」、バスタブにたまったお湯の量が「△シーベルト(Sv)」に相当します。

熱いお湯を一気にためたお風呂に手を入れると火傷やけどするが、お湯をポタポタとゆっくりためればいい湯加減になる。それと同じで、たとえば、500ミリシーベルトの放射線を一度に(勢いよく)全身に受けると、白血球が減少します。しかし、1日あたり1ミリシーベルトの放射線を、500日かけて受ける場合は、白血球は減りません。積算量は同じ500ミリシーベルトでも、放射線をあびる期間の長短によって影響が違ってきます。

 

人間は一度に200グラムの食塩を摂取すると、50%の確率で死亡します。しかし、厚生労働省が日本人の塩分摂取量の目安を1日10グラムとしているように、同じ200グラムの食塩でも、1日10グラムを20日に分けて摂るなら問題ありません。代謝によって塩がその都度、体外に排泄されるからです。放射性物質の場合もこれと似ています。

毎時1マイクロシーベルトの被ばくが続くと、積算して11.4年で100ミリシーベルトに達します。これは短時間であれば、人体に悪影響が出始める数値です。しかし、毎時1マイクロシーベルトという積算速度では、傷つけられたDNAが回復するなどの仕組みによって、医学的にほとんど影響がないと言えるのです。

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